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「資産運用ビジネスの新しい動きとそれに向けた戦略」における森金融庁長官基調講演(全文)於:日本証券アナリスト協会第8回国際セミナー(2017年4月7日)

(共通価値の創造)

私は、ここ数年、金融機関に対し「顧客本位の業務運営」をしてくださいと一貫して申し上げてきました。

企業が顧客のニーズに応える良質な商品・サービスを提供し続けることが、信頼に基づく顧客基盤を強固なものにし、供給者である企業の価値向上につながることは、金融機関のみならず、およそ全ての企業に当てはまる原則だと思います。

資産運用の分野でも、お金を預けてくれた人の資産形成に役立つ金融商品・サービスを提供し、顧客に成功体験を与え続けることが、商品・サービスの提供者たる金融機関の評価を高め、その中長期的な発展につながることは当然のことです。

マイケル・ポーターは、これをCreatingSharedValue(共通価値の創造)と呼びましたが、金融機関による共通価値の創造は、顧客と金融機関の価値創造に留まらず、経済や市場の発展にもつながるものと考えます。

しかしながら、現実を見ると、顧客である消費者の真の利益をかえりみない、生産者の論理が横行しています。

特に資産運用の世界においては、そうした傾向が顕著に見受けられます。

資産運用の世界を代表する思想家であるバートン・マルキールとチャールズ・エリスは、その共著1の中で、個人が投資で成功するための秘訣として
・ゆっくりと、しかし確実にお金を貯める秘訣は再投資(複利)にあることを認識すること、
・市場の値上がり、値下がりを気にかけず、一定額をこつこつと投資すること、
・資産タイプの分散を出来るだけ図ること、
・市場全体に投資するコストの低い「インデックスファンド」を選ぶこと、
を勧めています。

 

 
(積立NISAの対象投信)

来年1月から開始される積立NISAは、こうしたマルキールとエリスの考えにも沿った、個人の資産形成を支援するための税制上の優遇措置です。

積立NISAの投資対象になりうる投信についても、同様の思想により、資産運用の専門家からなるワーキング・グループを立ち上げ、検証していただいたところ、以下のような結果になりました。

日本で売られている公募株式投信は5406本ありますが、そのうちインデックス型株式投信は381本です。

これから、毎月分配型の投信、レバレッジのかかった投信、信託期間が短く長期投資を前提としていない投信を除き、ノーロードで信託報酬が一定率以下のものに限ると、積立NISAの対象として残ったものは50本弱でした。

マルキールとエリスは、インデックス投信は、一般的に、アクティブ型投信よりもリターンは高いと指摘しています。

米国では、企業のファンダメンタル価値を評価する投資家の層が厚いため、市場の効率化が進み、インデックス戦略が有効に機能していると言われていますが、10年以上存続している日本の株式アクティブ型投信281本の過去10年間の平均リターンは信託報酬控除後で年率1.4%であり、全体の約三分の一が信託報酬控除後のリターンがマイナスとなっていました。

ちなみに、この10年間で日経平均株価は年率約3%上昇しており、インデックス投信が一般的にアクティブ型投信に比べリターンが高いとのマルキールとエリスの主張は、日本株投信についても当てはまるように思えます。

そこで、2707本ある日本のアクティブ型投信について、設定以来、三分の二以上の期間において資金流入超となっており、ノーロードで信託報酬が一定率以下であることなどを要件としたところ、これを満たすものは、5本でした。

日本においても、企業のファンダメンタルな価値を適切に評価する投資家の層が厚みを増し、質の高い、長期投資に資するアクティブ型投信が増えることが望まれます。

この結果、積立NISAの対象となりうる投信は、インデックス投信とアクティブ型投信あわせて約50本と、公募株式投信5406本の1%以下となりました。

ところが、同じ基準を米国に当てはめてみると、全く異なる結果となります。

米国で残高の大きい株式投信については、上位10本のうち8本がこの積立NISAの基準を満たしています。

一方、我が国の残高上位30本の株式投信の中で、この基準を満たしているのは29位に一本あるだけです。

 

 
(我が国の投信販売の問題点)

我が国にも、この基準を満たさなくても実績の良い投信が存在することを否定するわけではありませんが、資産運用の専門家が、個人の安定的な資産形成に資すると勧める特徴を持った投信がこれだけ少ないという事実は、我々も業界も深刻に受け止める必要があると思います。

では何故、長年にわたり、このような「顧客本位」と言えない商品が作られ、売られてきたのでしょうか?

資産運用の世界に詳しい方々にうかがったところ、ほぼ同じ答えが返ってきました。

日本の投信運用会社の多くは販売会社等の系列会社となっています。

投信の運用資産額でみると、実に82%が、販売会社系列の投信運用会社により組成・運用されています。

系列の投信運用会社は、販売会社のために、売れやすくかつ手数料を稼ぎやすい商品を作っているのではないかと思います。

これまでの売れ筋商品の例をみても、ダブルデッカー等のテーマ型で複雑な投信が多く、長期保有に適さないものがほとんどです。

こうした投信は、自ずと売買の回転率が高くなり、そのたびに販売手数料が金融機関に入る仕組みになっています。

このような、我が国において一般的に行われている投信の組成・販売の仕組みは、顧客の資産形成にいかなる効果があったでしょうか?

日本で売れ筋商品となっているテーマ型投信は、売買のタイミングが重要な金融商品といえます。

当然、安く買って高く売ることが基本となりますが、継続的に適切な売買のタイミングを見極めることが出来る投資家は、プロの中にも少ないはずです。

先ほど申し上げたアクティブ型投信のパフォーマンスが、このことを裏付けています。

個人が買う株式投信の売れ行きを過去に遡ってみても、株価のピークで株式投信が最も売れる傾向にあります。

本年2月の我が国における純資産上位10本の投信をみてみると、これらの販売手数料の平均は3.1%、信託報酬の平均は1.5%となっています。

世界的な低金利の中、こうした高いコストを上回るリターンをあげることは容易ではありません。

日本の家計金融資産全体の運用による増加分が、過去20年間でプラス19%と、米国のプラス132%と比べてはるかに小さいことは、こうした投信の組成・販売のやり方も一因となっているのではないでしょうか。

 

 
(顧客本位の業務運営に関する原則)

こうした現状を変えるべく、金融庁は、金融審議会における半年にわたる議論を踏まえ、「顧客本位の業務運営に関する原則」を確定し、公表しました。

国民の安定的な資産形成を図るためには、金融商品の販売、助言、商品開発、資産管理、運用等を行う全ての金融機関が、インベストメント・チェーンにおける各々の役割を認識し、顧客本位の業務運営に努めることが重要です。

しかしながら、金融機関の業務運営の実態は必ずしもそうはなっておらず、国民の安定的な資産形成が図られているとは言い難い状況にあります。

今後は、各金融機関において、本原則を踏まえた実効的な取組み方針を策定・公表し、それを実践していくことが期待されます。

本原則は、7つの項目から構成されていますが、その内容は、利益相反の適切な管理や手数料等の明確化、重要な情報の分かりやすい提供など、金融機関にとってみれば、ある意味当然に行われているべき内容です。

各金融機関には、これらの項目を守っているとの体裁を表面上整えるのではなく、ベストプラクティスを目指して、より良い金融サービスの提供を競い合うといった、実質を伴う形で実践していくことが期待されます。

本原則に従って、顧客の立場に立って情報を分かりやすく提供するとどうなるかを自分なりに考えてみました。

例えば、貯蓄性保険商品の販売であれば、これまでは、「この商品は、死亡保障と資産運用を同時に行うお客様のニーズに応えたパッケージ商品です」という説明だったのでしょうが、顧客の立場に立てば、個別の債券・投信と掛捨ての保険を別々に購入した場合とのコストの比較を顧客に理解してもらった上で投資判断をしてもらう必要があるのではないでしょうか。

また、毎月分配型の投信は、引き続き多く販売されていますが、毎月分配型では複利のメリットが享受できないことをお客様に理解してもらった上で投資判断していただくのが「顧客本位」ではないでしょうか。

同様に、過去数年間、高い値上がり率を示している投信も人気ですが、こうした投信の販売にあたっては、高値掴みの危険性についても言及するのが「顧客本位」だと思います。

さらに重要なことは、商品に係る販売手数料、信託報酬などのコストをお客様に理解していただくことです。

こうしたコストについては、単にパーセンテージで示すのではなく、例えば10万円投資した場合のコストを実額で示す方が「顧客本位」だと思います。

こうした話をすると、お客様が正しいことを知れば、現在作っている商品が売れなくなり、ビジネスモデルが成り立たなくなると心配される金融機関の方がおられるかもしれません。

しかし、皆さん、考えてみてください。

正しい金融知識を持った顧客には売りづらい商品を作って一般顧客に売るビジネス、手数料獲得が優先され顧客の利益が軽視される結果、顧客の資産を増やすことが出来ないビジネスは、そもそも社会的に続ける価値があるものですか?

こうした商品を組成し、販売している金融機関の経営者は、社員に本当に仕事のやりがいを与えることが出来ているでしょうか?

また、こうしたビジネスモデルは、果たして金融機関・金融グループの中長期的な価値向上につながっているのでしょうか?

ここ数年、友人から、「母親が亡くなり遺品の整理をしていると、最近購入したと思われる、お年寄りには到底不向きのハイリスクで複雑な投信が、何本も出てきた」という苦情を聞くことがよくあります。

もしかすると、そうした投信を売った営業員の方は、親のところにあまり顔を見せない子供たちに代わって、お母様の話し相手になっていたのかもしれませんが、これにより子供たちの当該金融グループに対する評価はどうなったでしょうか?

こうした営業は長い目で見て顧客との信頼関係を構築する観点から本当にプラスでしょうか?

客観的な数字でみても、リーマンショック後の2009年から2015年までの6年間で、我が国の銀行預金は全体で589兆円から730兆円へと140兆円増加したのに対し、銀行の窓口販売による投信残高は、同じ期間に23兆円から22兆円に微減しています。

更に長いスパンで見ても、家計金融資産に占めるリスク性資産(株式・投信等)の保有割合は1990年の13.2%から、2015年には14.5%とほとんど増えていません。

結果として、日本の家計金融資産は世界第2位の規模であるにもかかわらず、日本の運用会社をみると、金融グループ単位でᅜ内最大の三井住友トラストホールディングスであっても、運用資産額は世界33位に過ぎず、その運用資産額は1位のブラックロックの約七分の一に留まっています。

このように、これまで我々は、国民の資産形成が進まず、リスクマネーの供給は不十分であり、世界的な運用会社も育たないという、決して皆が望まない均衡状態を続けてきたのではないでしょうか。

皆様は、こうした状況をいつまでお続けになるつもりですか?

投資商品を買っても思うようなリターンをあげられなかった顧客は、投資額を増やすものでしょうか?

そうした商品を勧めた金融機関との取引をずっと続けるでしょうか?

そうしたビジネスのやり方は国際的に競争力を高めていけるのでしょうか?

現状を変革できるのは、資産運用や金融商品販売業に携わる皆様方です。

顧客本位の業務運営を行なうということは、運用力を高めるため、また、信頼に裏付けられた顧客基盤を強固にするために不断の努力をすることであり、こうした努力の積み重ねが金融機関の本源的な価値向上につながるものだと思います。

 

 
(金融庁の課題)

金融庁としても、こうした決して最適とは言えない均衡からの脱却をこれまで実現できなかったことを、大いに反省しなければなりません。

金融庁発足以来、投資家保護は金融行政の中核に位置づけられ、適合性の原則などの観点から、販売会社が投資する人にあった売り方をしているかを、検査などでも重点的に検証してきました。

この結果、金融商品販売の手法や販売資料のディスクレーマーなどについて、形式的な面は改善しましたが、ビジネスの本質が顧客本位に変わったとはいえません。

顧客が適切な選択を行なうための条件さえ整えれば、みせかけでなく真に顧客のニーズに資する商品・サービスを提供する業者が発展するのが、業種や洋の東西を問わず成り立つ原則だと思います。

安くて美味しいレストランは賑わい、まずくて高い店は淘汰されています。

金融商品は、その真の価値やコストが分かりにくいですが、「見える化」への努力を行なっていく必要があります。

例えば知らない土地に行ってレストランを選ぶときも、ミシュラン、ザガットや各種ウェブサイトが、良いレストランについての情報を提供してくれます。

投資商品についても、同様のインフラが作られることが望ましいと考えます。

金融リテラシーの問題もあります。

金融商品は、食事よりも嗜好による個人差が少ないので、各人の年齢、資産、収入などをもとに、いかなる投資や資産分散が望ましいかについての知識を持つことは、個々人が自らにあった商品・サービスを見分ける能力を向上させると思っています。

高い運用力を持つ金融機関、顧客本位が組織に根付いた金融機関が発展し、顧客本位を口で言うだけで具体的な行動につなげられない金融機関が淘汰されていく市場メカニズムが有効に働くような環境を作っていくことが、我々の責務であり、そのため行政として最大限の努力をしていくつもりです。

 

 
(投資運用業の課題)

これまで投信を中心に話をしてきましたが、年金等の運用に関わる投資運用業についても同様のことが言えます。

全ての投資運用業にとって共通の課題は運用力を高めることです。

それぞれの運用戦略に違いはあっても、運用力を高めるための条件は共通ではないでしょうか。

私は、世界的に有名な運用者の方々とよく話すことがありますが、彼らは、例えば、経済政策、金融政策のみならず、世界の地政学リスクや政治状況なども含めた幅広い情報収集と分析を行い、こうした市場分析を高度化するツールとして、人によってはビッグデータやAIを活用し、加えて、足下の資金の動き、投資家の動向といった情報収集にも通じています。

また、個別株に投資する運用者は、投資先企業の価値についての高度な分析や、投資先企業との建設的な対話による企業価値向上への働きかけを真剣に行っています。

さらに、運用力の向上のためには、運用人材の育成や、利益相反の排除などのガバナンス、投資内容に見合う高度なリスク管理態勢の整備といった組織基盤の充実も必要です。

私の友人の欧米の運用者たちは、24時間、365日絶えず市場の動向を注視しており、自分の資産も賭けて投資判断を行っています。

心も身体も擦り切れるくらいストレスが溜まる一方で、成功すれば大きな報酬を得ることが出来ます。

このように、欧米の一流の投資運用業は、スポーツの世界と同様、究極の実力本位になっていると感じます。

それと比べて日本はどうでしょうか。

運用会社の社長が運用知識・経験に関係なく親会社の販売会社から歴代送り込まれたり、ポートフォリオ・マネージャーは運用者である前に○○金融グループの社員であるという意識が強く、運用成績を上げるより定年までいかに間違いをせず無事に勤めあげるかが優先されてはいないでしょうか。

スポーツの世界は、野球でもサッカーでも、レベルによってメジャー・マイナーなど戦うリーグが異なりますが、資産運用の世界では、メジャーリーグのプレーヤーも草野球の選手も、ひとつの市場で勝負することになります。

本質的な運用力を高めることを真剣に考えないと、いつまでたっても世界の一流になれないだけでなく、資産を預けてくれる方々に対して十分な責任を果たせなくなります。

 

 
(アセットオーナーの役割)

運用会社だけでなく、アセットオーナーの役割も重要です。

例えば、年金基金には、掛け金をかけている国民に対するフィデューシャリー・デューティーを十全に果たすことが求められます。

アセットオーナーは、自らの資金を委託するのに最もふさわしい能力を持った運用会社を見極める必要がありますが、仮に年金基金が、マンデートを運用会社グループとのリレーションで与えているとすれば、それはフィデューシャリー・デューティーの観点に照らして問題があります。

アセットオーナーとしてのクオリティが高く、中長期的に素晴らしい運用成績を挙げている米国の大学の基金や年金基金には、例外なく、優れた目利き力、運用能力を持った責任者がいます。

我が国の企業年金についても、企業内の人事異動でなく、プロとして適切な能力・判断力を有した責任者を内外の幅広い候補者から選び、配置することが望まれます。

アセットオーナーとアセットマネージャーの双方が共に本源的な実力を高め、究極の受益者である国民に対するフィデューシャリー・デューティーを果たしていくことが、日本の運用業界の発展につながるのだと思います。

 

 
(最後に)

日本人は優秀で勤勉です。

その潜在的な能力は国際的に見ても決して遜色がないと私は信じています。

それを引き出すような経営、ガバナンスが必要です。

これまでのやり方を続けていては、今後十年経っても二十年経っても何も変わらず、日本の資産運用業は衰退していくだけではないでしょうか。

「顧客本位の業務運営に関する原則」は、インベストメント・チェーンに関わる全ての金融事業者に当てはまるものです。

それぞれが顧客本位の業務運営の観点から、自らの責務を全うするため、その能力を向上させるために何をすればよいかを、経営が先頭に立って真剣に考え実行することが、それぞれの組織の価値向上につながり、日本の運用
業界、市場の発展、国民の安定的な資産形成をもたらすものと信じています。

これからも皆様と一緒になって、我が国の資産運用業の発展に取り組んでいきたいと考えております。

よろしくお願い申し上げます。


以上が全文ですが、要は、銀行に対して自主的に改善しろと促しているだけで、被害にあっている私達一般個人にとっての対抗策や救済策が示されている訳ではありません。

 

 

銀行の中枢部にいる人間には分かりきっている話しですが、世間に広まりすぎると商売上がったりなので、銀行も銀行員も黙っています。

 

 
実態を話せるのは、私のように疑問を感じて銀行を辞めた一部の人間にとどまります。

 

 
オレオレ詐欺と同じで、1番の被害者は、皆さんのご両親や祖父母です。

 

 
守ってあげられるのは、ご家族であるあなただけです。

 

 
もっと詳しい内実や対応策を知りたい方は、『お金のプロに聞いてみた! どうしたら定年までに3000万円貯まりますか?』をご覧ください。

 

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